カラフルな世界

第一章 天使との出会い

"これは、僕が「人生」という名のキャンバスに、新たな色を描き加えていく物語。"

僕は、生前の罪により、輪廻転生のサイクルから外された魂だった。天国や地獄といった概念はなく、ただ罪の重さに応じて、魂の消滅か、輪廻転生のいずれかが待ち受けているだけの世界。生前の行いが悪かった僕は、魂の消滅を宣告されていた。

だが、運命のいたずらか、思いがけないチャンスが訪れる。天使業界――魂を管理する天界の機関――で抽選が行われ、僕はそこに当選したのだ。滅多にないことらしい。

「君に新たな人生を与える。下界でホームステイをして、そこで学び、成長してきなさい」

天使は優しい笑顔でそう言った。長い金髪に、透き通るような白い翼。その姿は、僕のイメージしていた天使そのものだった。

「ホームステイ? どういうことですか?」

「下界で、誰かの人生を生き直すのです。その人の身体を借り、魂を入れ替えるのですよ。その間に、魂の浄化と成長を促します」

天使の説明に、僕は驚きを隠せなかった。

「では、僕は誰の体に乗り換えるのですか?」

天使は少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「それは……自殺を図った少年です。彼の名前は小林真。君と同年代の高校生だ」

第二章 小林家での生活

天使の導きで、僕は小林真の体に乗り込んだ。鏡に映る自分の姿は、知らない顔をしていた。黒髪の短髪で、少しだけ切れ長の目をしている。これが小林真なのか……。

真の身体を借りて、彼の家へと向かう。そこには、真の母・唱子と妹・ひろかがいるはずだった。

「お兄ちゃん!」

ドアを開けると、元気のいい声が響いた。ひろかだ。彼女は、真の自殺未遂について知らされていないようだった。

「ただいま」

僕は少し戸惑いながら、いつもの真の口調を真似てみる。

「お帰りなさい、真。今日は病院で何をしてきたの?」

唱子が心配そうな顔をのぞかせる。真は、以前から心の病を抱えていたのだ。

「いろいろ検査とか……。まあ、問題なかったよ」

「よかった。ひろか、お兄ちゃんにお茶を入れてあげて」

「うん!」

ひろかは明るい笑顔で台所へと向かった。この姉妹の関係性は、一見良好そうに見えた。

「お兄ちゃん、お茶だよ」

「ああ、ありがと」

ひろかからお茶を受け取り、僕はリビングのソファに座る。

「お母さん、私、宿題やるね」

「わかったわ。お兄ちゃん、何か食べる?」

「いや、大丈夫」

唱子は心配そうな顔をしていたが、一旦は台所へと戻っていった。

この静かな時間の中で、僕は小林家の複雑な事情を少しずつ知っていくことになる。

第三章 明かされる真実

真が抱えていた闇。それは、この家族全員を巻き込んでいた。

「お兄ちゃん、宿題終わった~」

ひろかは元気よくリビングに戻ってきた。

「お兄ちゃんも、宿題終わったの?」

「ああ。終わったよ」

「よかったら、一緒にゲームしない?」

「ゲームか……」

真はゲームが好きだったらしい。僕は、真の記憶をたどりながら、コントローラーを握る。

「お兄ちゃん、上手だね! いつもより点数高いよ!」

「ふふ、ありがと」

ひろかの明るい声がリビングに響く。この子は、真の暗い日々を照らす太陽のような存在なのだろう。

「お兄ちゃん、お母さんが晩御飯できたって」

「そっか、行こうか」

僕たちはリビングを出て、食卓へと向かう。

「今日はお兄ちゃんの好きなハンバーグだよ」

「ありがとう」

食卓を囲みながら、唱子は優しい笑顔を浮かべる。しかし、その瞳にはどこか影が差しているようにも見えた。

「ねえ、お母さん」

「なあに、ひろか?」

「お兄ちゃん、最近明るくなったよね。前はもっと暗い顔してたのに」

「そうね……。お兄ちゃん、病院でいいお薬もらえたのかもしれないわね」

唱子はそう言って、真の分のハンバーグに手を伸ばした。

その瞬間、僕は真の記憶を垣間見る。

――「おい、真! ちゃんと食べろよ。おふくろの料理を粗末にするな!」

――「うるさい! 食いたくないものは食いたくないんだよ!」

――「お兄ちゃん、お母さん泣いてるよ……」

――「うるさい! 俺のせいじゃない! 俺は悪くない!」

真は、家族と食卓を囲むことを嫌っていた。それは、真が抱えていた闇の一つだった。

「お兄ちゃん、どうしたの? 急に黙っちゃって」

ひろかの声で我に返る。

「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」

「ふふっ、お兄ちゃんもおっちょこちょいだね」

ひろかはそう言って、無邪気に笑った。この子は、真の複雑な事情を知らずに、ただ明るく振る舞っているのだろうか。

第四章 救いと苦悩

「お母さん、私、お風呂入ってくるね」

「わかったわ。お兄ちゃん、食器片付けてくれる?」

「ああ、任せて」

食事を終え、ひろかと唱子はそれぞれ自室へと戻っていった。僕は、食器を片付けながら、ふと窓の外に目をやる。

静かな住宅街。どこにでもあるような風景が広がっている。

「みんな、それぞれにいろんな絵の具を持ってるんだな……」

独り言が口をつく。

「きれいな色も、汚ない色も」

この家族も、それぞれが違う色を持っている。真は暗い色を、唱子は憂いを帯びた色を、そしてひろかは明るい色を。

「お兄ちゃん、ぼーっとして。早く寝なさい」

「ああ、ごめん。おやすみ」

自室に戻り、ベッドに腰掛ける。真の記憶が、頭の中で渦巻いていた。

真は、家族との関係に悩み、学校でも孤立していた。その暗い日々を、少しだけ照らしていたのがひろかの存在だった。

「お兄ちゃん、また一緒にゲームしようね」

「お兄ちゃん、宿題教えて」

「お兄ちゃん、お母さん泣かさないで」

ひろかは、無自覚に真を救っていた。そして、真はそれに気づかずに、さらに自分を追い込んでいった。

人は、誰でも自分では気づかずに他者を救ったり、苦しめたりしている。このカラフルな世界の中で、僕らは迷いながら生きている。

第五章 天使からのアドバイス

天使との定期的な面談の日。僕は、真の体で天界へと向かう。

「どうですか、ホームステイの感想は?」

天使は柔らかな微笑みを浮かべて尋ねてくる。

「家族の関係性や、真が抱えていた闇について知ることができました。でも、まだ真の人生を生き直しているという実感はありません」

「焦ることはありませんよ。ゆっくりとでいいのです。下界での生活を楽しんでください」

「楽しむ、ですか?」

「ええ。ホームステイだと思って、気楽に過ごしてください。そして、あなたを支えてくれる人たちを見つけてください」

天使はそう言って、優しく微笑んだ。

「この世界は、あなたが思っているよりもずっとカラフルで美しいのです。その色彩を楽しんで」

第六章 生き直す日々

天使との面談の後、僕は真の人生を生き直す決意を固めた。真が早まってしまったことを悔やみ、彼の人生をより良いものにしたいと思った。

まずは、家族との関係改善だ。真は、家族との食卓を避けていたが、僕は積極的に食卓を囲むことにした。

「お兄ちゃん、今日は機嫌がいいね」

「お兄ちゃん、その笑顔ステキだよ」

ひろかは、僕の変化に気づいてくれたようだった。

「お兄ちゃん、お母さんが喜んでるよ。最近、食卓がにぎやかで」

「そうか……」

真は、家族との時間を嫌っていた。でも、それは誤解から生じたものだったのかもしれない。

「お兄ちゃん、お母さんが作ったお弁当だよ」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんの好きなハンバーグ作ってくれた」

ひろかは、いつも真を気にかけてくれる。真は、この優しさに気づくことができなかったのだろうか。

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんの部屋の掃除してくれたよ」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんの好きな漫画買ってきた」

唱子の優しさにも、真は気づいていなかった。

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんのこと心配してるよ」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんのこと愛してるって」

僕は、真として生きることで、この家族の愛に気づくことができた。

第七章 自由への誓い

「おはようございます」

「おはよう、真。今日は機嫌がいいね」

「ありがとうございます」

学校でも、僕は真として生き直すことを決めた。真は、学校でも孤立していたらしいが、僕は積極的にクラスメイトと関わることにした。

「おはよう、小林」

「おはよう、佐藤」

「お、小林。今日は珍しく笑顔だな」

「ああ、ちょっとね」

少しずつ、クラスメイトとも打ち解けていく。真は、この小さな変化に気づくことができなかったのだろうか。

「小林、お前、絵が上手いんだな。この絵、すげーな」

「ああ、ありがとう」

「お前、美術部とか入ってないの?」

「いや、入ってないけど」

「もったいないな。入部してみたら?」

「うん、検討してみるよ」

真は、絵を描くことが好きだったらしい。でも、その気持ちを押し殺していた。

僕は、真の好きなことを見つけてあげたいと思った。真が早まってしまったことを悔やみながら、彼の人生を生き直す。

「みんな、いろんな絵の具を持ってる。きれいな色も、汚ない色も」

このカラフルな世界で、真はもがき、苦しんでいた。でも、それは真だけではない。唱子も、ひろかも、きっとこの世界中の誰もが同等の傷を抱えている。

「また気持ちが縮こまりそうになったら、自分を支えてくれた人たちを思い出すんだ。あの極彩色の渦に戻ろう」

天使の声が、頭の中に響く。僕は、下界でのホームステイを受け入れ、自由に生きていくことを誓った。

第八章 エピローグ

真として生き直してから数ヶ月が経った。

「おはよう、真」

「おはよう、佐藤」

「お、美術部で賞を取ったらしいな。すげーな」

「ああ、ありがとう」

僕は、真の好きな絵を極めることにした。真は、この才能に気づくことができなかった。

「お兄ちゃん、おめでとう!」

「ありがとう、ひろか」

「お兄ちゃん、お母さんがお祝いのケーキ買ってきたよ」

「唱子さん、ありがとうございます」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんのこと誇りに思ってるって」

「唱子さん……」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんのこと愛してるって」

僕は、真として、この家族の愛を感じることができた。

「お兄ちゃん、また一緒にゲームしようね」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんの好きなハンバーグ作ってくれた」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんのこと支えてるって」

この家族は、真を愛していた。そして、真もまた、この家族を愛していた。

「おまえの目にはただのつまらんサラリーマンに映るかもしれない。毎日毎日、満員電車に揺られてるだけの退屈な中年に見えるかもしれない。しかし、人生は波瀾万丈だ。いいこともあれば悪いこともある」

真の父が、かつて真に残した言葉が頭をよぎる。

この世界は、カラフルな色彩に満ちている。人は、その中で自分の色を見つけようともがいている。

「お兄ちゃん、お母さんがいつもお兄ちゃんのこと見守ってるって」

「お兄ちゃん、私もお兄ちゃんのこと大好きだよ」

「お兄ちゃん、お母さんがお兄ちゃんは一人じゃないって」

僕は、真として、この家族の温かさを知った。

「お兄ちゃん、また一緒に笑おうね」

「ああ、ひろか。また一緒に笑おう」

この極彩色の渦の中で、もがき、もまれながら、僕は自由に生きていく。

[終]