第1章 運命の歯車
舞台は1942年、冬のモスクワ近郊。雪に覆われた静かな農村で、17歳の少女セラフィマは母親のエカテリーナと質素ながらも幸せに暮らしていた。毎日、母の手伝いをしながら、時折村の少年たちと雪合戦をして遊ぶ。そんな牧歌的な日々を送っていた。
ある日、セラフィマがいつものように村外れの小川で洗濯をしていると、突然銃声が響き渡った。驚いて周囲を見渡すと、ドイツ軍の兵士たちが村を急襲していた。彼女は慌てて村へと走ったが、すでに村は炎に包まれ、悲鳴と銃声が混じり合う地獄絵図と化していた。
セラフィマは燃え盛る家々をかき分け、母を探して必死に叫んだ。
「ママ! ママはどこ!?」
すると、彼女の名前を呼ぶ声がした。振り向くと、そこには同じ村に住む幼馴染のアナスタシアが立っていた。
「セラフィマ! 早く逃げないと!」
アナスタシアは涙目で叫びながら、セラフィマを引っ張った。
二人は手を取り合って村外れの森へと逃げ込んだ。しかし、セラフィマはふと足を止めた。
「ママ……」
彼女は、母がいつも畑仕事をしている場所を見つめた。そこには、エカテリーナが倒れていた。ドイツ兵に撃たれ、すでに事切れていた。
「ママ!」
セラフィマは母の元へと走り、その小さな体を揺さぶった。
「ママ、起きて! 起きてよ!」
涙が溢れ出し、セラフィマは嗚咽を漏らした。その時、一人のドイツ人狙撃手が彼女の前に現れた。冷酷な表情で、彼はエカテリーナの体を蹴り倒した。
「これは警告だ。ロシアの女共よ、我々ドイツ軍に歯向かうな」
そう言い放つと、ドイツ人狙撃手はセラフィマ目掛けて銃を構えた。彼女は凍り付いたように動けず、ただ母の体を抱きしめた。引き金が引かれる――その瞬間だった。
「撃つな!」
一人の女性兵士が、馬に乗って現れ、ドイツ兵に銃口を向けた。彼女は赤軍に所属するイリーナ中尉だった。
イリーナはドイツ兵を射殺し、セラフィマとアナスタシアを救った。
「お前たちは運が良かった。すぐにここを離れろ。ここはもう安全じゃない」
イリーナはそう言うと、馬に鞭を打ち、去って行った。
母の亡き骸を抱きしめながら、セラフィマは復讐心を胸に宿した。
「ママ……私、絶対に仇を取るから」
第2章 女たちの絆
イリーナ中尉の言葉通り、セラフィマとアナスタシアはモスクワへと向かった。そこで、イリーナが教官を務める赤軍の女性兵士訓練学校に入学したのだ。
訓練学校は、モスクワ郊外の古い屋敷を改装したものだった。そこには、彼女たちと同じように戦争で家族や大切な人を失った女性たちが集い、厳しい訓練に励んでいた。
セラフィマは、射撃訓練で類まれな才能を発揮した。イリーナは、そんな彼女に目をかけ、個人的に狙撃術を教えるようになった。
「敵の命を奪うことは、重い責任を伴う。引き金を引く前に、その重みを自覚せよ」
イリーナは、狙撃手としての心構えをセラフィマに説いた。
訓練学校での日々は過酷だったが、セラフィマはアナスタシアをはじめ、同じ境遇の女性たちと絆を深めていった。中でも、明るく気丈なリディア、優しくしとやかなソフィアとは特に親しくなった。
「ねえ、セラフィマ」
ある夜、リディアがセラフィマに声をかけた。
「私たち、みんな何かを失ってここに来た。家族、恋人、友達……でも、ここで出会った私たちは、きっと運命共同体だと思うの」
ソフィアが微笑みながら頷いた。
「そうね。ここでの絆は、家族や友達と同じくらい大切なものになるわ」
セラフィマは、母の形見のペンダントを握りしめた。
「うん……私もそう思う。ここでの出会いに感謝している」
こうして、女たちの絆は強まっていった。
第3章 スターリングラードへの道
独ソ戦の転換点となるスターリングラード攻防戦が始まった。セラフィマたちも、この戦いに参加すべく、列車に乗り込んだ。
列車の中で、イリーナはセラフィマに「狙撃兵の心得」を教えた。それは、単に敵を殺すのではなく、自らの行為の意味を自問自答し、戦争の中で人間性を失わないことだった。
「敵兵にも家族がいる。彼らも誰かの大切な息子であり、恋人であり、友達なのだ。そのことを忘れてはならない」
イリーナは、真剣な眼差しでセラフィマを見つめた。
「復讐心に駆られても、憎しみだけに支配されてはならない。それは、自分自身の心を蝕むだけだ」
セラフィマは、イリーナの言葉を胸に刻み込んだ。
スターリングラードに近づくにつれ、街は焼け野原と化し、死体が散乱していた。彼女たちは、この地獄のような光景を目の当たりにし、戦争の残酷さを改めて実感した。
「これが、戦争なのね……」
アナスタシアが震える声で呟いた。
「しっかりするの。ここで戦わなければ、あのドイツ兵たちに、私たちの祖国は蹂躙されてしまう」
リディアがアナスタシアを励ました。
「私たちには、守るべきものがある。家族の仇を取るためにも、ここで負けられないのよ」
ソフィアが力強く言った。
セラフィマは、母のペンダントを握りしめ、決意を新たにした。
「みんな、生き残ろう。そして、必ず勝利を掴もう」
第4章 激闘のスターリングラード
スターリングラードの戦いは、過酷を極めた。セラフィマたちは、無慈悲な敵兵、味方の上層部の非情な命令、そして同じ女性としての苦悩を抱える仲間との出会いなど、様々な現実に直面した。
彼女たちは、建物の残骸に身を潜め、狙撃の機会をうかがった。セラフィマは、イリーナから教わった通り、引き金を引く前に、その重みを噛み締めた。
「この人は、誰かの大切な人だったかもしれない……」
それでも、彼女は祖国を守るために、引き金を引いた。
ある日、セラフィマは、建物の陰からドイツ兵を狙っていた。その時、一人のドイツ人狙撃手が彼女の前に現れた。彼は、セラフィマの母を撃った男だった。
「お前か……」
セラフィマは、復讐の機会が訪れたことに動揺した。ドイツ人狙撃手は、冷酷な笑みを浮かべた。
「よくも仲間を撃ち殺したな。お返しだ」
彼は、セラフィマに銃口を向けた。彼女は、引き金を引くべきか迷った。イリーナの言葉が頭をよぎった。
「真の敵は、目の前の敵兵ではない。戦争そのものなのだ」
その時、ドイツ人狙撃手の頭に銃弾が撃ち込まれた。セラフィマの仲間が、彼を射殺したのだ。
セラフィマは、その場にしゃがみ込み、涙を流した。母の仇を討ったのに、なぜか心は晴れなかった。
「セラフィマ!」
イリーナが彼女を抱きしめた。
「よく耐えた。復讐心に囚われてはならぬ。それが、狙撃兵の心得だ」
セラフィマは、イリーナの胸で泣き続けた。
第5章 新たな決意
スターリングラードの戦いは、赤軍の勝利に終わった。セラフィマたちは、過酷な戦いの中で成長し、絆を深めた。
「私たち、よく生き残ったね」
アナスタシアが、安堵の表情で言った。
「うん。みんな、本当によく頑張った」
リディアが笑顔で頷いた。
「私たちは、ここで家族のような絆を得たわ」
ソフィアが感慨深げに言った。
セラフィマは、母のペンダントを眺めながら、新たな決意を固めた。
「私たちは、戦争の中で人間性を失わないために戦う。それが、私たちの使命よ」
彼女たちは、スターリングラードでの経験を胸に、さらなる戦いに身を投じていくのだった。
エピローグ
独ソ戦は、赤軍の勝利で終わった。セラフィマは、戦争の中で出会った女性兵士たちとの絆を胸に、新たな人生を歩み始めた。
イリーナの「狙撃兵の心得」は、彼女の心の中で生き続けていた。
「真の敵は、戦争そのもの。憎しみや復讐心に囚われてはならない」
セラフィマは、戦争で傷ついた人々を助けるために、医師を目指すことを決めた。それは、母の優しい心を、これからも自分の心の中に生き続けてほしいと願う気持ちからだった。
彼女は、母のペンダントを胸に、未来へと歩み出すのだった。
終