無からの創造 -スカイローズガーデンの謎-

第1章 事件の発覚

真夏の太陽がギラギラと照りつける中、都会の超高層マンション「スカイローズガーデン」の一室で、野口夫妻の変死体が発見された。現場に居合わせた4人の男女――綾瀬希美、藤堂夏樹、杉下凛、凛の弟・杉下悠斗――は、警察の取り調べを受けていた。

「野口夫妻とはどういう関係だったのか?事件当夜、君たちは何を見た?」

捜査員の質問に、4人はそれぞれ異なる証言を始める。

綾瀬希美、25歳。スラリとした長身で、ショートカットがよく似合う現代的な女性だ。彼女は、野口雄三に片思いしていた。

「野口さんとは、よくここで開かれる読書会を通して知り合いました。私は文学、特にミステリーが好きで、自分でも小説を書いているんです。野口さんは、私の書いた小説を評価してくださいました。でも、ただの憧れ......片思いでした」

希美はそう言って、悲しげな表情を浮かべた。

藤堂夏樹、27歳。涼しげな目元をした、落ち着いた雰囲気の男性だ。彼は、野口雄三の友人だった。

「野口とは、学生時代からの付き合いです。彼は、何かと人目を引く存在でした。カリスマ性があったと言ってもいいでしょう。私は......彼の『共犯』だったのかもしれません」

夏樹はそこで言葉を切り、意味深な笑みを浮かべた。

杉下凛、24歳。ショートボブがよく似合う、はつらつとした女性だ。彼女は、野口静香の友人だった。

「野口さんとは、趣味の絵画を通して仲良くなりました。彼女はとても優しくて、私が絵で賞を取った時も、心から喜んでくれました。私には、彼女のような理解者が必要だったんです」

凛はそう言って、野口静香への思いをにじませた。

杉下悠斗、20歳。凛の弟で、姉とは対照的に物静かな青年だ。

「僕は、姉と一緒に野口さんと会ったことがあります。とても優しい方で、姉を励ましてくれました。あの事件が......起こるまでは」

悠斗はそこで言葉を詰まらせ、視線を落とした。

第2章 希美の片思い

「人間の存在意義は、無の状態から何かを創り出すことにあるはず......」

希美は、自分の人生をこう要約した。彼女は、手に入らないものへの渇望が、創造的な情熱の源泉であると信じていた。

「希美ちゃんが手に入れたいものが何なのか、わかるよ。それがどんなに叶えられそうにないものだってことも」

凛は、希美の親友だった。希美の片思いが、野口雄三に対してのものだと知っていた。

「でも、希美ちゃんがうらやましいの。だって、希美ちゃんには、手に入れたいものがある。それだけでも、私よりずっと恵まれてる」

凛は、母親が家を出て行った過去を持つ。彼女は、愛されるための努力を否定し、独自の価値観で生きていた。

「誰かに愛されたいなんて思わない。愛されるための努力なんて、無意味で虚しい。その気持ち、よくわかるよ」

希美は、凛の家庭の事情を知っていた。凛の母親が愛人と家を出て行ったことは、公然の秘密だった。

「あなたが手に入れたいと思っているもの、とてもつまらないものだと思う。でも、それを手に入れるために情熱を注げるあなたが、うらやましいの」

凛は、希美の情熱に憧れていた。希美の書く小説は、彼女の創造的なエネルギーに満ちていた。

第3章 夏樹の「共犯」

「『共犯』っていうのはさ、誰にも知られずに、相手の罪を半分引き受けることだと思うんだ」

夏樹は、希美と凛の会話に割り込んだ。彼は、独自の「共犯」の定義を述べ、それが事件とも絡んでいることを暗示した。

「誰にも知られずに、相手の罪を背負う。罪を引き受けて、黙って身を引く。それが、僕の考える『共犯』だ」

夏樹は、野口雄三の友人として、彼の過去や事件について知っていることを明かし始めた。

「野口は、カリスマ性のある男だった。人を惹きつける力があった。でも、その力には、人を支配するような恐ろしさもあったんだ」

夏樹は、野口雄三の人当たりの良さの裏にある、冷酷な一面を垣間見ていた。

「彼は、自分の望みを叶えるためなら、他人を利用することも厭わなかった。そして、その利用された相手は、自分も望みを叶えたと思い込む。そうやって、彼は『共犯』を作っていったんだ」

夏樹は、野口雄三の「共犯」として、彼の罪を共有していたことをほのめかした。

第4章 凛の過去

「起こってしまったことの動機や経緯を知ったところで、事実は変わらない。なのに、人はなぜ、理由を知りたがるのだろう?」

希美は、事件の謎を解き明かす中で、人間の複雑な行動原理について考えていた。

「動機を知り、経緯を理解することで、人は安心したがるからじゃないかな。理由がわかれば、同じことは自分には起こらないと、自分に言い聞かせることができるから」

凛は、希美の問いに自分の考えを述べた。彼女の過去が、その考えに影響を与えていた。

「私の母は、父が家を空けがちなのをいいことに、愛人と関係を持って、家を出て行った。母は、私や弟を捨てたのに、『愛』を理由に正当化した。母の『愛』は、私たち家族を不幸にした」

凛は、愛されるための努力が徒労に終わることを痛いほど知っていた。彼女の過去が、愛や人間関係に対する独自の価値観を生み出していた。

第5章 悠斗の秘密

「僕は、母から愛されていた。この世の誰よりも、母は僕を愛してくれていたんだ」

悠斗は、母親から虐待を受けていた過去を告白した。しかし、彼はそれを「愛」として肯定していた。

「母は、僕に綺麗になってほしい、愛される人間になってほしいと思って、ああいう行為をしていたんだ。僕は、母の愛を証明するために、自分の物語を書きたいと思った」

悠斗は、小説家志望だった。彼は、自分の小説を通して、母親との間の「愛」を世間に認識させたいと考えていた。

「僕の小説は、母と僕の愛の物語だ。母から受けた行為は、美しく昇華されて、誰もが認める『愛』として描かれている。僕は、自分の小説で、いかなる行為も愛になり得ることを証明したかったんだ」

悠斗は、母親の行為を「愛」として描くことで、自分を「かわいそうな子」と見る周囲の人間に、自分の「愛」を認めさせたいと思っていた。

第6章 事件当夜

「やはり、野口夫妻は、お互いを愛していたんだと思う」

希美は、事件の謎を解き明かす中で、野口夫妻の過去を知っていた。

「雄三さんは、静香さんを心から愛していた。でも、静香さんは、雄三さんの愛に応えながらも、どこかで疑問を抱いていたんだと思う」

静香は、雄三から受ける愛が、本当の愛なのか疑問を抱いていた。彼女は、自分の小説の中で、その疑問を「昇華」させようとしていた。

「静香さんは、雄三さんから受ける愛が、時に過剰で、自分を支配しようとする愛に思えたんだと思う。だから、彼女は小説の中で、その愛を『昇華』させようとした」

希美は、静香の書いた小説を読んでいた。その小説には、静香が受ける愛と、彼女が本当に求める愛のギャップが描かれていた。

「当夜、野口夫妻は、その愛を巡って口論になった。雄三さんは、静香さんを支配したいという欲望を抑えられなかった。そして、静香さんは、雄三さんの愛に応えながらも、その愛に疑問を抱き続けたんだ」

希美は、事件の真相に近づいていた。それぞれの証言の裏にある真実が、徐々に明らかになっていく。

第7章 真相と決断

「歪んだ空間にずっといると、そこが歪んでいることに気づけなくなる。外に出て、初めて、その空間の歪みに気づくんだ」

夏樹は、事件の真相に近づきつつ、希美たちに自分の考えを語った。

「野口は、他人を支配したいという欲望を抱えていた。彼は、その欲望を『愛』という言葉で正当化していた。そして、自分に『共犯』となる人間を作っていたんだ」

夏樹は、野口雄三の「共犯」として、彼の罪を共有していた。

「野口は、静香さんを支配したいという欲望を抑えられなかった。そして、当夜、口論の末に、静香さんを殺害してしまったんだ。その場に居合わせた僕は、野口の『共犯』として、彼の罪を半分引き受けることにした」

夏樹は、事件の真相を明かし、自分もまた野口夫妻の死に関与していたことを認めた。

「野口夫妻は、お互いを愛していた。でも、雄三さんの愛は、時に静香さんを傷つけ、支配しようとした。静香さんは、その愛に疑問を抱きながらも、応えようとしていたんだと思う」

希美は、野口夫妻の愛の本質を見極めようとしていた。

「愛は、時に人を傷つけ、支配しようとする。でも、本当の愛は、相手を傷つけることなく、相手が求めるかたちで存在するはずだ」

希美は、野口夫妻の愛が、本当の愛ではなかったのではないかと考えるようになった。

「本当の愛は、無の状態から生まれるものだと思う。無の状態から、お互いを思いやり、尊重し合うことで、真の愛が生まれるんじゃないだろうか」

希美は、無の状態から何かを創り出すことが、人間の存在意義であり、そこから生まれる愛が真の愛なのだと信じるようになった。

「私は、無の状態から、自分の力で何かを創り出したい。その一つが、文学なんだ。自分の書く小説で、真の愛を表現したい」

希美は、事件を通して、自分の人生や愛について考えるようになった。夏樹、凛、悠斗もまた、それぞれの人生や愛について考えていた。

「僕たちは、野口夫妻の死を通して、自分自身や人間関係について新たな気づきを得た。愛は、時に人を傷つけるが、本当の愛は、無の状態から生まれるものだ。お互いを尊重し合い、高め合うことが、真の愛なんだ」

事件は解決へと向かい、4人はそれぞれの道を歩み始めた。希美は、小説を書き続け、凛は絵画を通して自分の思いを表現した。夏樹は、過去の罪と向き合い、悠斗は自分の小説を通して、新しい世界を創造していった。

エピローグ

「無からの創造」――それは、人間だけに与えられた力であり、存在意義なのかもしれない。愛もまた、無の状態から生まれるものであり、お互いを尊重し合い、高め合うことで、真の愛が生まれるのだろう。

「スカイローズガーデン」での事件は、4人の人生に深い影響を与え、彼らを成長させた。事件を通して、彼らは、無の状態から何かを創り出すこと、本当の愛とは何かを学んだのだ。