十角館の殺人

序章 水曜日の来訪者

春の柔らかな日差しが降り注ぐ1986年3月26日、水曜日のこと。7人の大学生が小さなボートに乗り、静かな海を渡って孤島・角島へとやって来た。彼らはミステリ研究会に所属しており、この島に建つという奇妙な館に興味を惹かれ、春休みを利用して訪れたのだった。

ボートを降り、浜辺に立つ。周囲を見渡しても、人影は見当たらない。

「本当に誰もいないのかな?」

小柄な女性、エラリイ・クイーンが不安げに呟いた。

「大丈夫だよ。この島には中村青司さんという画家が住んでいたらしいが、今はもう誰も住んでいないはずだ」

リーダーのオルツィ・ルルウが彼女を安心させるように言った。

彼らは浜辺から少し離れた場所に建つ十角形の奇妙な館を発見した。館の周りを囲むように建つ塀もまた十角形で、不気味な雰囲気を漂わせていた。

「これが噂の十角館か…」

ポウ・ディシャンペルは感嘆の声を上げた。

彼らは玄関の重厚な扉を押し開け、館の中へと足を踏み入れた。

第1章 バールストン先攻法

館の中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。7人はそれぞれ懐中電灯を取り出し、館の内部を探索し始めた。

「この館、本当に十角形なんだね。部屋の形も全部違うし、変わった構造だよ」

アガサ・クリスティーは周囲を見渡しながら呟いた。

「確かに奇妙だ。誰がこのような設計をしたのだろう?」

カー・ジョン・ディクスンは不思議そうに首を傾げた。

彼らは館の一室で、奇妙なモノを発見した。古い木製のテーブルに、黄ばんだ紙が置かれている。

「なんだこれ?」

ルルウが紙を手に取った。

「『バールストン先攻法』…?これは何かの暗号だろうか?」

ヴァンは眉をひそめた。

「待ってください!」

エラリイが叫んだ。「バールストン先攻法…私、聞いたことがあります!有名な連続殺人事件の手口です!」

第2章 館の秘密

エラリイの言葉に、一同は驚愕した。

「ということは、この館と中村青司さんの事件は関係があるのか?」

ポウが興奮気味に言った。

「そうかもしれない…」

オルツィは真剣な表情で頷いた。「この館の構造も奇妙だし、何か秘密が隠されているに違いない。もっと調べてみよう」

彼らは館のさらなる探索を続けた。

「あれは…?」

アガサが叫んだ。彼女は館の壁に、小さなプレートを発見した。

プレートには、こう刻まれていた。

『汝、殺人の謎を解け。さもなくば、汝らの命を奪う』

「なんだこれ…?」

ルルウは顔をしかめた。「脅迫みたいだけど、誰がこんなものを?」

ヴァンは黙ってプレートをじっと見つめていた。

第3章 惨劇の幕開け

彼らは館のキッチンで、食料を見つけ、夕食の準備を始めた。

「なんだか、この館に閉じ込められている気分だね」

エラリイは不安げに呟いた。

「大丈夫だよ。明日になれば、船が迎えに来る」

ポウは明るく答えた。

しかし、その瞬間。

「キャー!」

アガサの悲鳴が館に響いた。

一同がキッチンに駆けつけると、そこにはアガサが震えながら立ち尽くし、彼女の足元には、血まみれの包丁が落ちていた。

「な、何があったんだ?」

オルツィが叫んだ。

「わ、私じゃない…私じゃないの!」

アガサは取り乱していた。「キッチンに来たら、もう…もう…!」

一同はパニックに陥った。

「落ち着け!」

ヴァンが声を上げた。「今は、犯人を探すんだ。アガサ、君はここで待っていてくれ」

第4章 疑心暗鬼

彼らは館の中を捜索したが、犯人の姿は見当たらなかった。

「もしかして、アガサが嘘をついている?」

ルルウが疑わしげに言った。

「そんな…!」

アガサは涙を流した。「私はやってない…信じて!」

エラリイは不安げな表情で周囲を見渡した。

「犯人は、この館の中にいる…」

ヴァンは真剣な表情で言った。「誰も油断しないでくれ」

その夜、彼らは恐怖と不安を抱えながら、それぞれの部屋で眠りについた。

第5章 過去の事件

翌朝、彼らは昨夜の出来事を振り返り、話し合った。

「やはり、アガサが怪しいと思うんだ」

ルルウは疑いの目を向けていた。

「でも、動機は?」

エラリイは疑問を呈した。「アガサに殺人の動機があるとは思えない」

「もしかしたら、脅迫されているとか?」

ポウが提案した。

「脅迫…?」

ヴァンは考え込んだ。「確かに、この館には何か秘密がありそうだ。もっと、過去の事件について調べてみよう」

エラリイとヴァンは、館の書庫で中村青司について調べ始めた。

「中村青司は、有名な画家だったらしい」

エラリイが呟いた。「彼の作品は、どこか不気味で謎めいていると評価されていた」

「家族は?」

ヴァンが尋ねた。

「妻と息子がいたようだ」

エラリイは書類を読み進めた。「しかし、3年前にこの館で火災が発生し、家族は全員亡くなっている」

「火災…?」

ヴァンは眉をひそめた。「もしかして、この火災は殺人だったのでは?」

第6章 迫りくる危機

エラリイとヴァンは、さらに調査を進めた。

「中村青司の家族が亡くなった火災…」

エラリイは書類を読み上げた。「警察の調査によると、家族は就寝中に火災に巻き込まれたらしい。しかし、現場からは複数のガソリン缶が発見されている」

「ガソリン…?」

ヴァンは顔をしかめた。「確かに、これは不自然だ。放火の可能性が高い」

「もしかして、この事件とアガサの件は関係があるのでは?」

エラリイは不安げに言った。「もしかしたら、犯人はこの館の中にいるのかも…」

その時、彼らは館の奥から悲鳴を聞いた。

「何だ!?」

ヴァンは飛び出そうとしたが、エラリイが彼の腕を掴んだ。

「気をつけて!もしかしたら、罠かも…」

ヴァンは頷き、慎重に館の奥へと向かった。

第7章 真相と対決

ヴァンが館の奥へと進むと、そこには倒れているルルウと、ナイフを持ったポウの姿があった。

「ヴァン!気をつけて!」

ルルウが叫んだ。

「ポウ!?」

ヴァンは驚愕した。「どうして…?」

「ヴァン、逃げて!僕はもうダメだ…」

ポウは苦しげに呟いた。

「何があったんだ?」

ヴァンはルルウを助け起こしながら尋ねた。

「ポウが…突然…」

ルルウは取り乱していた。

「落ち着いて、ルルウ」

ヴァンは彼女を落ち着かせようとした。「今は、エラリイのところへ戻ろう」

ヴァンはエラリイとルルウを連れて、書庫へと戻った。

「どういうことなの?」

エラリイが尋ねた。

「ポウが…殺された」

ヴァンは重々しく答えた。「犯人は、この中にいる」

「そんな…!」

ルルウは顔を覆った。

「でも、なぜ?」

エラリイは混乱していた。「動機は?」

「動機は…」

ヴァンはゆっくりと話し始めた。「この館の秘密に関係している。中村青司の家族が亡くなった火災は、実は殺人だった。そして、犯人はこの館の中にいる」

「犯人は…?」

エラリイは緊張した面持ちで尋ねた。

「アガサだ」

ヴァンは静かに答えた。

「アガサ…?」

ルルウは驚愕した。「でも、なぜ?」

「アガサは、中村青司の娘だった」

ヴァンは説明した。「彼女は、家族の死の真相を調べるために、この館を訪れた。そして、真相に近づいた者たちを殺した」

「そんな…!」

エラリイは信じられないといった表情で呟いた。

「アガサは、この館の秘密を知っていた」

ヴァンは続けた。「この館は、バールストン先攻法の手口を再現するために設計されていた。中村青司は、この館で殺人を計画していたのだ」

「中村青司が…?」

ルルウは驚きを隠せなかった。

「そして、アガサは父の計画を知り、家族の死の真相を暴くために、この館を訪れた」

ヴァンは静かに語った。「しかし、彼女は真相に近づいた者たちを殺さなければならなかった。それが、バールストン先攻法の手口だった」

「でも、なぜ私たちを?」

エラリイは疑問を呈した。

「君たちは、真相に近づきすぎた」

ヴァンは真剣な表情で言った。「アガサは、君たちがこの館の秘密を知る前に、殺そうとしたんだ」

「では、どうするの?」

ルルウは不安げに尋ねた。

「アガサと対決するしかない」

ヴァンは決意を固めた。「彼女を止めるんだ」

ヴァンはエラリイとルルウを連れて、アガサの元へと向かった。

「アガサ!」

ヴァンが叫んだ。「出て来い!」

アガサはゆっくりと姿を現した。

「ヴァン…あなたが生きていたのね」

アガサは冷たい表情で言った。

「なぜ、殺人を?」

ヴァンは尋ねた。

「家族の復讐よ」

アガサは冷たく答えた。「父を殺した犯人を探すために、この館を訪れた。そして、真相に近づいた者たちを殺した」

「復讐…?」

エラリイは驚きを隠せなかった。

「でも、もう終わりにしましょう」

ヴァンは静かに言った。「これ以上、殺人は許さない」

「ヴァン…あなたには、負けるわけにはいかないの」

アガサはナイフを構えた。

「ヴァン!気をつけて!」

エラリイが叫んだ。

ヴァンは身を翻し、アガサの攻撃を避けた。そして、ナイフを掴み、アガサの手首を捻った。

「やめるんだ、アガサ!」

ヴァンは叫んだ。

アガサは苦しげな表情で、ナイフを手放した。

「なぜ…?」

アガサは呟いた。

「もう、終わったんだ」

ヴァンは静かに言った。「君の復讐は、ここで終わりだ」

アガサは涙を流しながら、ゆっくりと座り込んだ。

「家族の死の真相は、私が暴く」

ヴァンは続けた。「君は、もう誰も殺さなくていい」

アガサは静かに涙を流し続けた。

## エピローグ

アガサは逮捕され、残りのメンバーは角島を後にした。

「ヴァン、本当に良かった」

エラリイは安堵の表情で呟いた。

「ああ」

ヴァンは静かに頷いた。「皆、無事で良かった」

「でも、アガサが…」

ルルウは悲しげな表情で言った。

「彼女は、自分の犯した罪と向き合う必要がある」

ヴァンは真剣な表情で言った。「そして、家族の死の真相を知るために、僕たちが協力しよう」

エラリイとルルウは頷いた。

彼らは、角島での出来事と、アガサの逮捕を警察に報告した。そして、中村青司の家族の死の真相を明らかにするために、調査を開始した。

やがて、彼らは中村青司の家族の死の真相に辿り着いた。それは、バールストン先攻法の手口を模倣した、複雑で残酷な殺人計画だった。

アガサは、家族の復讐を果たし、事件の真相を明らかにした。彼女は、自分の犯した罪と向き合い、新たな人生を歩み始めた。

ヴァン、エラリイ、ルルウたちは、その後もミステリ研究会を続け、様々な事件に挑んでいった。

角島での出来事は、彼らの心に深く刻まれ、ミステリに対する情熱をさらに燃え上がらせたのだった。

「終わり」