第一章 運命の出会い
初夏の心地よい日差しが差し込む教会で、純白のドレスに身を包んだ花嫁が、バージンロードを歩いてくる。その姿に見入る参列者の中に、二ノ宮こと葉はいた。彼女は、幼なじみである花婿・今川厚志の隣で、今や親友となった花嫁を微笑ましく見守っていた。
「厚志、本当におめでとう。」
控え室で厚志は、こと葉から祝福を受け、照れくさそうに笑う。
「こちらこそ、こと葉。今日は来てくれてありがとう。君がいてくれると安心するよ。」
「何言ってるの。私も嬉しいの。ねえ、さっきのお母さんのスピーチ、素敵だったわ。」
こと葉が感動したように言うと、厚志は少し複雑な表情を見せた。
「ああ、母さんのスピーチか...実は、ある人に書いてもらったんだ。」
「え? 誰に?」
こと葉の問いに、厚志は少し考え込むような素振りを見せた。
「久遠久美さんというスピーチライターだ。母さんが、どうしても彼女に頼みたいって。」
「久遠久美さん...」
その名前に、こと葉は思わず聞き入った。久遠久美。伝説のスピーチライターとして知られるその人物に、こと葉は以前から興味を持っていたのだ。
「こと葉、君も感じたと思うけど、母さんは父さんを早くに病気で亡くしてね。父さんの夢だった政治家への道を、今、私が継ごうとしている。母さんは、そんな私の決意を、あのスピーチで後押ししてくれたんだ。」
厚志は、こと葉の幼なじみとしてだけでなく、密かに片思いしていた相手でもあった。彼の決意と、それを支える母の思いに、こと葉は胸を打たれる。
「こと葉?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと感動しちゃって。あの...久美さんに、会ってみたいな。」
こと葉の瞳は、好奇心と憧れに輝いていた。
第二章 言葉の修行
その日の夜、こと葉は久遠久美に会うため、彼女の自宅を訪ねていた。
「いらっしゃい、二ノ宮こと葉さん。厚志君から聞いてるわ。あなた、とても興味深い瞳をしているわね。」
久美は、エレガントな装いの美しい女性だった。年齢は50代ほどだろうか。彼女の瞳は、こと葉の心を覗き込むように鋭く、そして優しく微笑んでいた。
「あの...私は、お気楽なOLなんですけど、久美さんの言葉に感動して...弟子入りしたいと思ったんです。」
「弟子入り?」
久美は、くすりと笑った。
「そうね、こと葉さん。あなたの瞳は、言葉の力に惹かれている。でも、それは、とても危険で、奥深い魔法なのよ。」
「魔法...」
「ええ。言葉は、時に人を傷つけ、時に人を救う。その使い方次第で、世界を動かすことすらできる。だからこそ、慎重に、そして誠実に向き合わなければならないの。」
こと葉は、久美の言葉に圧倒されつつも、その奥深さに惹きつけられていた。
「わかりました。私は、言葉の修行をしたい。どうか、弟子にしてください。」
「いいわ。こと葉さん。あなたの瞳が、その答えを見つけるまで、私は導きましょう。」
こうして、こと葉は久遠久美に弟子入りし、言葉の修行を始めることになった。
「まずは、人の話を聞くことから始めましょう。本当に人の心に届く言葉は、相手の心に耳を傾けることから生まれるの。」
久美のもとで、こと葉は、話すことよりも聞くことを学んだ。相手の言葉に耳を傾け、その奥にある思いを汲み取る。それは、こと葉にとって、今までとは違う世界を見るような経験だった。
「こと葉さん。あなたの才能は、相手の心に寄り添い、その思いを言葉にできること。その力を磨きましょう。」
久美の指導の下、こと葉は、徐々にその才能を開花させていく。
第三章 選挙戦
そんな中、今川厚志が、初めての衆議院選に立つことになった。
「こと葉、僕の選挙を手伝ってくれないか? 君の言葉で、父さんの遺志を継ぎたいんだ。」
厚志から直々の依頼を受け、こと葉は選挙戦に参加することになった。
「久美さん、私、選挙を手伝うことになりました。」
「わかったわ、こと葉さん。あなたの言葉で、彼の思いを伝えなさい。あなたの言葉は、もう魔法の力を秘めているから。」
久美の励ましを受け、こと葉は、修行を積んだ言葉で選挙戦に臨む。
「今川厚志です! 私は、この街で育ち、この街に育ててもらいました。この街の皆さんは、私の家族同然です。」
厚志の演説に、こと葉は、彼の思いを代弁する。
「今川厚志は、この街の皆さんの声を聞き、その思いを国に届けたいと願っています。この街の未来を、この街に住む皆さんと一緒に創りたい。その思いで、私はここに立っています。」
こと葉の言葉は、厚志の誠実さを伝え、人々の心を動かしていく。
「この街は、私たちの宝物です。この美しい自然、温かなコミュニティ、そして、ここに住む人々の笑顔。私たちは、この宝物を未来へ繋いでいかなければなりません。」
こと葉のスピーチは、街の魅力を語り、未来への希望を語った。
「今川厚志は、この街の宝物を、未来へ繋ぐために戦います。皆さんの笑顔を守るために、私は全身全霊を尽くします。どうか、私に力を貸してください。」
こと葉の言葉は、選挙戦で人々の心を捉え、厚志の当選に大きく貢献した。
第四章 師匠との対立
しかし、当選後、こと葉は、厚志とある約束を果たすため、師匠の久美と対立することになる。
「こと葉、当選おめでとう。君の言葉は、本当に魔法のようだったよ。」
「ありがとう、厚志。でも、これからが大変よね。あなたを支えるために、私にできることは何でもするわ。」
「あなただから、頼みたいことがあるんだ。」
厚志は、こと葉を真剣な眼差しで見つめた。
「実は、当選したら、母さんと一緒に暮らす家を建てるって約束したんだ。母さんはずっと、父さんとの思い出のこの街で、家を建てることを夢見ていた。その夢を叶えてやりたい。」
「もちろん、力になるわ。でも...」
こと葉は、複雑な思いを抱えていた。
「久美さんは、この街の開発計画に反対しているの。この街の自然を守りたいって。」
「開発計画?」
厚志は、驚いたように目を見開いた。
「ええ。この街は、自然豊かで、とても美しい。でも、その自然が、開発によって失われようとしているの。」
「僕は...この街の未来のために、開発が必要だと思っている。こと葉、君は、僕と母さんの夢を叶えて欲しい。久美さんを説得してくれないか?」
こと葉は、板挟みの状況に陥った。厚志の夢を叶えるためには、師匠の久美を説得しなければならない。しかし、それは、久美の信念を裏切ることになる。
「こと葉さん。」
久美は、こと葉の悩みを見透かしたように言った。
「あなたは、今、とても苦しい立場にいるわね。でも、覚えていて。言葉は、時に人を傷つける。その痛みを乗り越えて、あなたの信じる言葉を見つけなさい。」
「はい...」
こと葉は、自分の信じる言葉を見つけるため、葛藤しながらも、前へ進むことを決意した。
第五章 言葉の力
「久美さん、話せますか?」
こと葉は、久美の家を訪ねていた。
「こと葉さん。入っていらっしゃい。」
「開発計画について、話したいことがあります。私は、厚志さんと彼のお母さんの夢を叶えたい。この街に、彼らの家を建てたいんです。」
こと葉は、自分の思いを伝えた。
「この街の自然は、とても美しい。でも、その自然が、この街の人々を苦しめていることもあるのよ。」
久美は、静かに語り始めた。
「この街は、自然が豊かであるが故に、災害の危険性も高い。以前、この街を襲った台風で、多くの家屋が被害を受けた。その中には、長年、この街で暮らしてきた老夫婦の家もあった。」
「老夫婦の家?」
「ええ。彼らは、この街で長年、地域に貢献してきた。でも、台風で家を失い、避難所暮らしを余儀なくされたの。この街の人々は、彼らのことを気にかけていた。でも、自然災害は、彼らの生活を一変させてしまった。」
「そんなことが...」
こと葉は、その話を聞き、胸が痛んだ。
「この街の人々は、自然を愛している。でも、自然は、時に牙をむく。その時、この街の人々は、どうすればいい?」
久美の問いに、こと葉は答えに窮した。
「開発は、自然を破壊する。でも、自然災害から、この街の人々を守ることもできる。この街の未来を考える時、その両方を天秤にかける必要があるのよ。」
「...わかりました。私は、厚志さんと彼のお母さんの夢を叶えたい。でも、この街の未来も考えたい。その両方を叶える方法を、一緒に考えましょう。」
こと葉は、自分の信じる言葉で、久美に語りかけた。
「...そうね。こと葉さん。あなたの言葉は、魔法の力を持っている。その力を、この街の未来のために使ってちょうだい。」
久美は、こと葉の成長を認め、彼女の言葉に希望を見出した。
「ありがとうございます、久美さん。私は、あなたから、言葉の力を学びました。その力を、この街の人々のために使いたい。」
こうして、こと葉は、久美と和解し、厚志の夢とこの街の未来を両立させるために尽力した。
「この街に、新しい家が建ちます。この家を建てることで、この街の自然が少し失われるかもしれません。でも、この家に住む今川厚志は、この街の未来のために戦います。」
こと葉は、街の人々に向けて、スピーチを行った。
「この街の自然は、私たちの宝物です。その自然を守りながら、この街の未来を創っていく。そのために、今川厚志は、この家を建てることを決めました。」
こと葉の言葉は、街の人々の心を動かし、理解を得た。
「この家を建てることで、この街の自然が少し変わるかもしれません。でも、この街の笑顔は、ずっとここにあり続けます。この街の未来のために、歩き出しましょう。その一歩を、私の言葉で支えたい。それが、私の信じる言葉の魔法です。」
こと葉のスピーチは、街の人々の心を捉え、感動の渦に包まれた。
エピローグ
「こと葉、君の言葉は、本当に魔法のようだね。」
新しい家が完成し、厚志は、こと葉に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、厚志。あなたの夢が、この家を通して、この街の未来を創っていく。そのお手伝いができて、私も嬉しいわ。」
「君の言葉は、母さんの心も救ってくれた。母さんは、父さんとの思い出を守りながら、新しい一歩を踏み出せた。」
「そう言ってもらえて、とても嬉しい。」
こと葉は、厚志の母に、自分の信じる言葉を贈った。
「生まれ変わっても、私はあなたのお母さんになりたい。そして、いっぱいお話ししましょう。あなたの涙を乾かして、歩き出すお手伝いをするのが、母としての私の役目です。」
「こと葉...」
厚志の母は、こと葉に抱きつき、涙を流した。
「聞くことは、話すことよりもエネルギーが必要です。でも、その分、話す勇気をくれる。誰かの声に耳を傾けることで、私たちは話すための力を得るのです。」
こと葉は、厚志の母を見つめながら、語りかけた。
「今、困難に直面しているあなた。涙が止まらないあなた。どうか、三時間後の自分を想像してください。涙は乾き、顔を上げて前を見つめているはずです。そして、二日後には歩き出している。なぜなら、あなたにはその強さがあるから。」
「...ありがとう。」
厚志の母は、こと葉の言葉に励まされ、前向きな表情を見せた。
「あなたの体と心は、大切な人たちからの贈り物です。どうかその体を大切に扱い、心を育てるのです。大らかに、あたたかく、正義感にあふれた心に。それが、あなた自身を育てることにもなるのです。」
こと葉の言葉は、厚志の母の心に響き、二人は、新しい家で、新たな一歩を踏み出した。
「こと葉、君の言葉は、本当に魔法のようだ。君は、言葉の力で、多くの人を救った。」
厚志は、こと葉に感謝の思いを伝えた。
「弱っているとき、誰かの存在は言葉以上のものを伝えます。ただそばにいてくれるだけで、抱きしめてくれるだけで、私たちは救われるのです。そして、歩き出そうとしているとき、必要なのは言葉です。『愛せよ』。人生において、たったひとつのよきもののために。」
こと葉は、厚志と自分の母への愛を胸に、語りかけた。
「愛する人よ、人生は歩き出すためにある。涙は乾き、あなたは歩き出す。その一歩を、私は言葉で支えたい。それが、私の信じる言葉の魔法です。」
こと葉は、厚志の母と自分の母への愛を胸に、言葉の力で、多くの人を救った。その魔法のような力は、これからも、人々の心を動かし、未来を切り拓いていくだろう。