第1章 孤島への訪問
秋も深まりつつある10月の末。N大学助教授の犀川創平は、ある講演の依頼を受け、東京から遠く離れた孤島へと向かっていた。この島には、日本有数のハイテク研究所である『神垣研究所』が存在し、最先端の科学技術研究が行われている。普段は外部の人間が訪れることはほとんどない閉鎖的な場所だが、今日は研究所が一般公開される特別な日だった。
犀川と共にこの島を訪れたのは、N大学の学生である西之園萌絵。彼女は好奇心旺盛で行動力に溢れる女性で、今回の訪問を心から楽しみにしていた。
「先生、この島は本当に不思議な雰囲気ですね。まるで別世界に来たみたい」
萌絵は感嘆の声を上げた。島は自然豊かで、手付かずの森や美しい海岸線が広がっている。しかし、その中に突然、近未来的な建物群が現れる。それが神垣研究所だった。
「確かに。この研究所は、孤島という環境を活かして、外部からの干渉を受けずに研究を行えるように建てられたらしい」
犀川が説明した。彼は冷静沈着で、論理的な思考の持ち主だ。どんな時も冷静さを失わないその態度は、時に冷徹とも取られがちだが、内に秘めた情熱で謎を解き明かすことに長けていた。
研究所に着くと、二人はまず、この施設の創設者一族である西之園家について知った。この一族は古くから政治や経済で力を振るってきた名家であり、莫大な資産をこの研究所の設立に投じたという。
「西之園家か……確か、この一族には天才と呼ばれた女性がいたな」
犀川は何かに思い当たるように呟いた。
「天才女性ですか?」
萌絵が興味津々な表情で問いかける。
「真賀田四季、そう名乗っていた。この島で生まれ育った天才工学博士だ。幼い頃から神童と呼ばれ、様々な逸話を残している」
犀川は語り始めた。真賀田四季。それは、この島を訪れた二人にとって、特別な存在となる名前だった。
第2章 謎の死体
神垣研究所の一般公開の日、犀川と萌絵は、真賀田四季の住むという建物を訪れた。そこは研究所の中でも特にセキュリティが厳重な場所だった。
「四季さんは、今もこの建物の中で生活しているのですか?」
萌絵が研究所の職員に尋ねた。
「ええ。四季様は、この建物の最上階を生活空間として使っておられます。普段は誰も立ち入ることは許されていません」
職員の説明に、萌絵はますます好奇心を煽られる。
「なぜ、今日は中に入れるのですか?」
「四季様が特別に許可してくださいました。ただ……」
職員は少し言葉を濁した。
「ただ?何か問題でも?」
犀川が鋭い視線を向ける。
「いえ……ただ、四季様は非常に繊細な方なので、あまり多くの人と接しないようにされているのです。ですので、今日も直接お会いすることは叶わないかと……」
職員は申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな中、二人は建物の中へと足を踏み入れた。最上階へと続くエレベーターに乗り、ドアが開くと、そこは四季の生活空間だった。
「わぁ……」
萌絵は思わず声を漏らした。そこはまるで美術館のように美しく整えられた空間だった。窓からは美しい海が見渡せ、芸術的な家具や調度品が並んでいる。
「四季さんは、ここで一人で暮らしているのか……」
犀川は感嘆の息を吐いた。
「先生、あれは……」
萌絵が指差したのは、部屋の中央に置かれたガラスケースだった。近づいてみると、そこにはウエディング・ドレスを纏った女性の死体が横たわっていた。両手両足は切断され、その表情は静かに目を閉じている。
「なんだ、これは……」
犀川は驚きを隠せない。
「密室殺人……なんですか?」
萌絵が震える声で呟いた。
「そうだな……この状況からして、その可能性は高い」
犀川は冷静に状況を分析していた。
第3章 四季の過去
犀川と萌絵は、この不可解な事件を解き明かすため、研究所の関係者や四季の過去について調査を始めた。
「真賀田四季、15歳でN大学工学部を卒業、その後、この神垣研究所の設立に携わり、数々の特許を取得……」
犀川は四季の経歴を辿っていく。
「でも、どうしてこんな孤島で育ったんでしょう?家族はいないの?」
萌絵が疑問を口にした。
「確か、彼女の両親は幼い頃に事故で亡くなり、天涯孤独の身になったと聞く。その後は、西之園家が後見人となり、この島で育てられたらしい」
犀川は説明を続けた。
「孤島で、一人で……四季さんは、とても寂しかったでしょうね」
萌絵は同情を隠さない。
「しかし、彼女はここで様々な研究に没頭できた。この島は彼女にとって、外界から隔離された楽園だったのかもしれない」
犀川は四季の心情を推し量る。
「外界から隔離された楽園……」
萌絵は少し複雑な表情を浮かべた。
二人はさらに調査を進め、四季が幼い頃から人一倍優れた頭脳を持ち、常に孤独と隣り合わせの人生を送ってきたことを知る。
第4章 四季との対話
犀川と萌絵は、事件について四季本人から話を聞く必要があると考えた。特別な許可を得て、二人は四季の生活空間を訪れた。
「初めまして、真賀田四季さん。私は犀川創平、こちらは西之園萌絵です」
犀川が挨拶をした。
「犀川先生、西之園さん。ようこそ、私の部屋へ」
そこにいたのは、黒髪を長く伸ばし、神秘的な雰囲気を纏った女性だった。その表情は穏やかで、どこか浮世離れしている。
「この度は、私の部屋から死体が見つかったことで、ご迷惑をおかけしています」
四季は落ち着いた口調で話した。
「その件について、お話を伺いたいのですが……」
犀川が慎重に言葉を選ぶ。
「ええ、もちろん。私は、この事件について知っていることを全てお話しします」
四季は優雅に頷いた。
犀川は四季から、死体についてや彼女の過去、独特な人生観や価値観を聞き出した。四季は幼い頃から周囲と異なる感性を持ち、自然や美について独自の考えを持っていた。
「でも、そういう生き方も綺麗かもしれないね」
犀川は四季の考え方に触れ、複雑な心境を吐露した。
「自然を見て美しいなと思うこと自体が、不自然なんだ。汚れた生活をしている証拠だよ。窓のないところで、自然を遮断して生きていけるというのは、それだけ、自分の中に美しいものがあるということだ」
四季は静かに微笑んだ。
「自明のことだ」
犀川は頷いた。
「我々研究者には、無責任さという特権がある。何も生産していないが、百年、二百年先の未来を考えられるのは我々だけなんだ」
四季の哲学的な言葉に、犀川は深く共感を覚えるのだった。
第5章 事件の真相
犀川と萌絵は、死体の身元を調べ、それが研究所の職員である山下幸子であることを突き止めた。彼女は四季の助手をしており、四季とは深い信頼関係で結ばれていた。
「四季さんと山下さん……どんな関係だったのだろう」
萌絵は複雑な表情を浮かべた。
「四季さんが、山下さんの死に関わっているとは思えない……」
犀川は考え込んでいた。
二人はさらに調査を進めるが、そこに立ちはだかるのは、研究所の壁だった。西之園家という権力の影響もあり、なかなか核心に迫れない。
「何か、隠されているんですね」
萌絵は歯がゆそうに呟いた。
「我々が知らないだけで、この島には様々な思惑が絡んでいるのだろう」
犀川は冷静に分析した。
そんな中、二人は思わぬ妨害を受ける。萌絵が何者かに襲われ、危険な目に遭ったのだ。
「先生、大丈夫ですか!?」
萌絵は犀川を心配する。
「ああ、すまない。君に危険な思いをさせてしまった」
犀川は珍しく動揺を隠せない。
「先生、この島には何かがある。絶対に真相を突き止めましょう」
萌絵の言葉に、犀川は決意を新たにした。
第6章 衝撃の結末
犀川と萌絵は、ついに事件の真相に辿り着く。山下幸子の死は、ある人物による殺人だった。その人物は、四季の過去を知り、彼女に近づいた男だった。
「真賀田四季の人生を狂わせたのは、他ならぬ私です」
男は告白した。
「あなたが……?」
犀川は驚きを隠せない。
「ええ、私は彼女の両親の死に関わっていました。その罪悪感から、私は四季に近づき、彼女を愛してしまった」
男は続けた。
「しかし、四季は私を拒絶した。彼女は、この島で一人、美しくも悲しい人生を歩んできた。その人生に、私は割り込むことができなかった」
男は狂気じみた表情を浮かべていた。
「そして、あなたは山下さんを殺した」
犀川は鋭く指摘する。
「ええ、四季の人生を台無しにした私への復讐として、彼女は山下幸子を選んだのです。四季は、山下さんにウエディング・ドレスを着せ、私へのメッセージとした」
男は全てを語り終えると、自ら命を絶った。
「先生……」
萌絵は動揺を隠せない。
「ああ……」
犀川は複雑な思いで頷いた。
真賀田四季は、この事件を通して、長い孤独から解き放たれた。彼女は、犀川と萌絵に感謝の言葉を述べ、新たな人生を歩み始めるのだった。
孤島の四季は、静かに、そして激しく、その幕を閉じた。